コリー・モンティスの死因と最後の行動、残された家族、薬物問題


tumblr_mq1adv3xAH1qa42jro1_1280コリー・モンティスの死因はヘロインやアルコールの過剰摂取による混合薬物毒性だと発表した。

ブリティッシュコロンビア州の検死官は
「検視および毒物学的な分析を行った結果、死の原因を調査しました。
コリーの死は最も悲惨な事故であったことを示唆します。
この出来事は、過剰摂取と悲劇的な事故だった。
争いや強盗のなどの不審な出入りは何もありませんでした。
彼がヘロインを使用したとき、一人だったということです。
その場面を目撃した訳ではないが、薬物過剰摂取をしたという証拠が部屋にありました。」

コリーの前日の行動についての情報の公表はしなかったという。
コリーが亡くなる前にどこにいたか知っているが、警察はいた場所などの名前などは公表できないと答えた。
警察は最初からコリーが薬物の過剰摂取で亡くなったという事を当初から予測していたそう。

コリーの死は偶発的な事故だったようだ。
コリーの死因についての調査はまだ続行中で、詳細は追って発表されるよう。

—最後の行動

7月6日
バンクーバーのフェアモント・パシフィックリムににチェックインした。
その日コリーはオートバイ愛好家のために地元のコーヒーショップや衣料品店を訪れている。
ここで、注目したいのはコリーが一緒にいる女性がビールを2本持っている事だ。
薬物のリハビリでは、アルコールを飲むのも禁止されているそう。
アルコールを飲むと薬物に手を出す危険性が高まるという。
コリーと友人達は、コーヒーショップに数時間店内にいて、ビールを飲んで話をしていたそう。
この時、コリーは3本のビールを飲んだそうだが、酔っ払ったなどはなかったよう。article-0-1AD36115000005DC-971_634x698 2
7月11日
バンクーバーイーストのカフェで、モーリーン・ウェッブとコリーのマネージャー、エレナ・キルシュナーと3人で、笑いに満ちたランチを楽しむ。
エレナがコリーの最後の姿をTwitterでアップしている。
それが最後の写真となってしまった。
モーリーンは恵まれない子供たちの演劇を触れさせる機会を与えるサポートをしている慈善団体「プロジェクトライムライト」の共同創設者。
コリーはそれを支援していた。
この時、3人は、たくさん食べ、誰もアルコールを飲んでいなかったといい、ルバーブレモネードを飲んだそうだ。
この時のコリーは、とても健康そうで、大活躍しているように見えたと思ったそうだ。article-2363884-1AD16723000005DC-329_634x838
7月12日
コリーは男性2人と女性の友人と夜出かけたが、午前2時15分一人でホテルの部屋に戻った。
警察は最後に一緒に過ごしたコリー3人の仲間は警察に対してとても協力的だった、と付け加えた。

監視ビデオには、コリーが早朝自分の部屋に戻た確認がされている。

7月13日
コリーはバンクーバーのフェアモント・パシフィックリムのホテルに6日から滞在。
13日のチェックアウトの時間になっても出てこなかったため、ホテルの従業員が部屋に入った所、コリーを遺体で発見。
この時点では死後数時間が経っていたと考えられる。
警察は一人で死亡したと述べた。

警察はまた、部屋の状況の内容についてはコメントを控えた。

家族

コリーの両親は7歳の時に離婚。
コリーは兄ショーンと一緒に母親アン・マクレガーに連れられ、アルバータ州カルガリーからブリティッシュコロンビア州ビクトリアに引っ越しをする。
ビクトリアはバンクーバーから役100キロ離れた場所。

13歳から、コリーはアルコールやマリファナを使用し、学校も不登校になり行かなくなる。
16歳の時にはコントロールできない程、薬物にはまってしまう。
19歳でリハビリ施設に入所しているが効果があまり得られなかった。
リハビリ施設から出てきてから、薬物を購入するため、家族や友人からお金を盗んだ。
しかし、それが人生のターニングポイントとなったという。
家族から「クリーンになるか、窃盗で刑務所に行くか決めろ」と言われ、立ち直るきっかけになったそうだ。

2009年に、コリーは17年ぶりに父ジョー・モンティスと再会する。

コリー父ジョーは再婚相手のイヴェットと結婚し、現在はニューブランズウィック州に住んでいる。
コリーの継母、イヴェットは、コリーの死について
「コリーは美しくて若い男性だった。そして、彼は皆に愛された。
彼は非常に才能があったし、スポットライトが当たった時、彼は輝いていました。
私たちに今言えることは、この瞬間の時間とプライバシーをお願いしたいです。」

父について2年前のインタビューで
「父親がFacebook上で僕に会おうと言ってきてくれたんだ。
僕はドアを閉めることができなかった、すぐ飛行機に乗ったよ。
父は空港で僕を迎えてくれて、父の再婚相手のイヴェットも来てくれていてね、涙を流しながらの再会だったんだよ。
ほとんど泣いていたけど、良い時間でとても満足したよ。」

コリーの父も、今は誰にも話すことができないようで、あまりにも荒れ、取り乱しているようだ。

薬物問題

2011年、コリーは自分の薬物問題についてオープンになろうと決心した。
「僕は深刻な問題を持っていた。
だけど、正直でありたいし、そう生きたい。
多くの人は僕をフィン・ハドソンだという存在でしか知らない。
個人的な問題なんだけど、頑張れば、なんでもやっていけると証明したいんだ。」

しかし、実際の生活では、薬物としらふの二重生活だった様だ。
『glee』の仕事などでアメリカにいる間は、薬物やアルコールは控え、体はきれいで落ち着いた状態だったよう。
コリーがそれらの影響を受けてセットに現れたことがほとんどなかったと言われている。
しかし、母国のカナダに戻ると、コリーの薬物をやらないという心は保たれなくなり、深刻な飲酒問題と麻薬に手をだしていたそうだ。
バンクーバーに戻ると、薬物の繋がりがある友人と連絡をとっていたよう。
アルコールや薬物は常に関与していたそうだ。

リアの広報は声明を発表。
「すべての愛を与えてくれ、支持してくれる、友人とファンに、リアはとても感謝しています。
コリーの死を、リアは彼の家族と一緒に悲嘆していて、彼らと適切な段取りをしています。
一緒にこの深い喪失感に耐えて、彼らは互いを支えています。
我々は、メディアにリアとコリーの家族のプライバシーを尊重するよう頼み続けます。」

article-2363115-1AD11323000005DC-731_634x408コリーのレンジローバーはまだリア・ミシェルのロサンゼルスの家の外に駐車されている。

article-2366357-1AD9D9CE000005DC-674_634x5396月18日、リアとの最後の旅行。
ニューヨークのファイヤー島のレストランでファンと。

Joe-Monteith父ジョー・モンティス

Cory-Monteith-mom-Ann-McGregor母アン・マクレガー

Cory_Monteith_brother_shaun兄ショーン・モンティス

カナダの検死官によるコリーの死の調査はまだ続いている。
他の情報はこの時点では明らかになっていない。

この調査が結論付けられた時に、検死官のレポートは発表されるだろう。
コリーの家族は死の結果を注意深く見守っている。

cory_lea fea1e1958c8e8f17370f6a706700e615 tumblr_mpwzg9fco91r6im4fo1_500